はいはい、「東大までの人」ですよ

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「東大までの人」と「東大からの人」
なんて記事が載ってて、読んでみてげんなりした。

ったくもう、放っておいてほしい。東大来てうつになるやつなんてそこら中にいるし、私は付き合いのある友人の3分の1は留年してる。12年学部にいた生きる伝説もいる。そりゃ留年愛好会などというダミーサークルを結成するわけだから当然だが。東大には確かになんでもあった。美しいもの(希望とか夢とか)以外なら。

まあ、私も東大なんか来るんじゃなかったと思ってないかというと嘘になる。教授陣は学生の理解度など気にもしてない人も結構いる。なので授業についていくのは一年のときにとっとと諦めて自習してた。これなら大学にくる意味などない。それも東大である必要は全くない。俺は一人の教授を除いて物理を教えていただいたことはないと思っている。(ただ一人の例外は物理教育の専門家でもあった。今年退官される。ついでにいうと甲野師範と縁がある。)一人で勉強して単位だけはぎりぎりでも回収することに集中してた。というわけで、物理は嫌いというか、やりたいし、分からなければいけない、むしろ「物理がわからない自分に生きる価値などない」のだが、わからないというストレスフルな状況になった。

しかし前期時代うつ病になりながらも勉強してた過去の自分の名誉のためにいっておくと、私これでも成績は前期生のときでも中の上だった。たしか平均で73点。後期は比べたことないから知らない。中国語を授業出る気力をなくし、すさまじい点数(多分30点くらい)で不可になり、不眠症で実験を2回寝過ごしてレポートを出すのを忘れて温情で可がついているという、ハンデを負ってもだ。

最近ようやく自分で物理現象のモデルを立てて、そこに手持ちの知識だけで攻め入る楽しさを見出すようになった。そのせいか精神的に安定してきてる。朝から晩まで、何かしら物理の問題が頭に引っかかっているっていうのは自分にとっては幸福な話だ。これを超えるとマジで脳内麻薬でお花畑が見えるようになるはずだ。

ま、今となっては鬱病期が完全な無駄だったわけでもない。鬱にならなかったら思想系には絶対手を出したりはしなかっただろうし、どうせあそこでならなかったら社会人で鬱をやることになるだろうし。それに絶望の中でしか考えないこともある。

だから、まあ、なんだ。人間、「そう簡単に死ねるか、くそったれ」と思いながら、生きるべきだと思う。「東大までの人」でも。